今年に入ってからの私の研究状況を少しご紹介したいと思います。
勤務先の成安造形大学の紀要で「タツラ・キッズの記憶−ニューカレドニア日本人移民の戦時抑留体験−」というニューカレドニアから収容された方のリストを添えた短いフィールドノートを書きました。今後、昨年文化庁在外研修員としてオーストラリアに滞在していた間にオーストラリア国立公文書館でしらみつぶしに調査収集した資料をもとに、さらに執筆をすすめていきたいと思っています。

 2月にはヴァヌアツのエファテ島、ポート・ヴィラに初めて行ってきました。ここヴァヌアツにはニューカレドニアから60人近い日本人が移住したようです。何も記録がないため困難な調査ですが、同行してくれた日系三世を夫に持つ女性とその家族のネットワーク(ほとんどゲリラのように出会う日系の方たちすべてに声をかけていきました)のおかげで楽しく充実した3日間の滞在になりました。ヴァヌアツは独立するまで英仏による共同統治下にあっただけに、仏語、英語、ビシュラマン語が交じっていて、ニューカレドニアとはまた異なった雰囲気でした。この夏もう一度渡航する予定ですので、その後でフィールドノートにまとめてみたいと思います。滞在中には、日系三世の女性がオーナーのナカマルで、有名なカバ(コショウ科の植物の根を煎じてつくられた飲みもの)を初めて飲みました。写真は墓地をすみずみまで歩いてようやく見つけた日本人のお墓です。残念ながら破損はひどく、どなたのものかは不明でした。戦前の埋葬記録も墓地の管理局には残っていません。

 このたび日本移民学会の『移民研究年報』第17号に拙著「マブイの往来」が紹介されました。紹介文を書いてくださった増田先生、とりあげていただいた移民学会にこの場をかりて御礼申し上げます。

 もうひとつ、私自身のことではありませんが、ニューカレドニア移民史に関する情報で、琉球大学国際沖縄研究所移民研究部門の紀要『移民研究』7号に、関西学院大学の大石先生がニューカレドニアに戦前設置された日本領事館に残った公文書についてまとめた「領事館記録からみた戦前期のニューカレドニアと日本および日本人社会」を寄稿しておられます。領事館記録というのは、ヌメアに領事館があったわずか1年10ヶ月の間に、開戦直前におそらく焼却された機密文書をのぞくものを仏政府が没収したもので、現在ニューカレドニア政府公文書館に保管されています。大石先生が今後どうのように研究を展開されていくのかとても楽しみです。

 ブリスベーンの永田先生は、オーストラリアで7月に「タツラ収容所」について研究発表をされるそうです。この件はまた別の機会にご紹介したいと思います。

ポートヴィラの日本人の墓